Tu-95ベア爆撃機

 ツポレフ設計局が1956年に実戦配備した戦略爆撃機。 アメリカのB-52に相当する。 巡航ミサイルや、各種誘導爆弾を搭載する。 最高速度は950km/hで、世界最速のプロペラ機で、二重反転プロペラを4基装備するターボプロップ機である。 航続距離は15,000km、機体尾部には、機関砲を装備する、珍しい形態である。 1990年代まで生産が続けられ、500機以上が生産された。 配備されてから、65年以上運用されており、傑作機と言えるだろう。

富岳

 日本の誇るスーパーコンピュータ「富岳」が、3期連続して、全ての項目で、1位となった。  かつて、富岳の一代前の「京」の開発において、蓮舫議員の仕分け、において、担当者が、1位を目指す、と言ったところ、彼女は、「2位じゃあダメ何ですか?」 と発言したのは、誰もが覚えているであろう。 担当者は、「1位を目指して、やっと2位になるのです」 と反論したが、学者ならずとも、理解できる言葉だ。 それほど、最先端の科学の競争は、熾烈を極めるのだろう。 この閉塞した日本の社会において、明るいニュースである。 今後とも、目覚まし成果を期待したい。

飢餓

 エチオピアやアフガニスタンの飢餓では、NATO やアメリカ軍の食料空中投下が実施されたが、そこには数千人が殺到したという。 しかし、援助は簡単ではない。 イスラムは、豚を食べないが、アメリカのビスケットの中に豚の成分ある、として、食べない人々がいるのである。 そうなれば、小麦粉か、油くらいしか、与えるものがない。 日本人は、何でも食べるが、それは世界的に少数派だ。 改めて、援助とは、簡単にはいかないものだ。

戦争は人々の心に宿る

 第二次世界大戦の、戦争責任を問われたとき、我々は、為政者を真っ先に挙げるが、それには、疑問が残る。  なぜなら、戦争を本当に推進したのは、実は、当時の国民自身だったからだ。 いくら帝国主義の時代と言っても、国民が、全面的に反対すれば、いくら強力な軍部と言えども、戦争は、遂行できなかったのではないか。 当時の国民は、米国の石油輸出規制などに苦しめられて、東アジアを含む大東亜共栄圏の繁栄のためには、日米開戦やむ無し、という空気が、あったのではないだろうか。 また、今後、日本が再び戦争に巻き込まれないようにするためには、戦争教育が必須であるが、戦争の悲惨さを語るべき、第二次世界大戦の経験者は、高齢化が進み、あと、10年も経てば、もはやほとんどの経験者が、いなくなるだろう。 そのときは、現代の紛争の真実を、ありのままに示すことである。 その時、日本では、暗黙の了解で、遺体などの悲惨な映像は、見せないことになっているが、それでは真の理解は生まれない。 先進国では、そのような映像を公開するのは、常識なのだから、日本も、早く普通の国をなってもらいたい。 映像の力は、思いの外、強烈なのである。 そして、自由に意見が言える環境を整えることも大切である。 誰もが同じ考えをするようになったら、十分に警戒すべきだ。 ともすれば、戦争や平和について考えることは、疎かになりがちだが、そのような時に、静かに忍...

B-52ストラトフォートレス

 米空軍の戦略爆撃機。「成層圏の要塞」と、呼ばれている。 1952年、初飛行、1955年、実戦配備  横風で、機種が傾いても、降着装置は回転して、滑走路に平行になるようにして、横風着陸時にタイヤをかかるせん断荷重を低減している。 空中給油により、大幅に航続距離を稼ぐことができる。 戦略爆撃機は、陸上配備の大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイルとともに、核の三本柱と呼ばれている。 戦略爆撃機は、本機の他に、現在、B-1、B-2が、配備されている。 1966年、スペイン沖に本機が墜落し、搭載していた4発の4メガトンの核爆弾のうち、2発が、起爆用の火薬が爆発していたが、かろうじて核爆発は、免れた。 1968年にも、同様な事故が発生している。 ベトナム戦争や、第4次中東戦争に参戦している。 ペイロードは20t、最大速度1,000km/h、航続距離16,000km、ターボファンエンジンを8機搭載する。恐らくエンジンを8機以上搭載する機体は、他にはない。大型車のエンジンを4機にする案が、何度も検討されたが、トータルコストで、現在の形態が最適だと判断された。各種の巡航ミサイル、誘導爆弾、通常爆弾、及び、囮のデコイ等を搭載する。 アビオニクスは、地形追従飛行用の航法システム、赤外線監視装置、レーザー照準器など、強力な攻撃力を提供する。   2050年代までの運用が、計画させており、2...

朝鮮戦争

 1950年6月25日、それは、北朝鮮の侵攻から始まった。  犠牲者は、韓国軍17-26万人、民間人133万人、 北朝鮮軍は33-41万人、民間人109万人、 日本からも、兵員物質輸送、掃海部隊、従軍看護婦が動員され、すくなからぬ犠牲者を出した。 ソ連が1949年に、原爆開発に成功、し自信をつけ、北朝鮮の侵攻を援助した。 スターリンは、軍事顧問を派遣し、大量の火器供与をした。 当時、韓国軍は10.4万人、北朝鮮軍は19万人、加えて、北は、航空機211機と、大量の火器を備え、韓国軍10倍の火力を有していた。 また、初のジェット戦闘機同士の戦闘が行われた。ソ連のMig-15と、アメリカのF-86である。当初は互角だったが、F-86の新型を大量に投入したことで、韓国軍は、制空権で優位になった。また、この時、投入された国連軍は、25万人である。 1953年7月23日、板門店で休戦協定が結ばれ、以降、休戦状態となる。 横田基地には、国連軍後方司令部が置かれているのは、あまり知られていないかもしれない。 従って、横田飛行場には、米、日、国連の国旗が掲揚されている。 第二次世界大戦から、僅か5年足らずで、冷戦が顕在化したものだ。 当初、米軍は、日本の占領政策に専念していたが、参戦せざるを得ず、これが、日本の完全武装解除から、防共のために、警察予備隊、そして、自衛隊へと再軍備化の要因となったのは、...

零戦

 零戦は、1939年に初飛行し、終戦までに3機種、10,430機が製造されたが、終戦時は、僅か1,000機だった。 3,000kmという驚異的な航続距離があり、ラバウル基地から、ガタルカナルを奪還するための爆撃機を援護するために、片道1,000キロを飛行し、空中戦を行い、帰還した。 しかし、自動操縦装置もなく、コンパスのみで飛んでいたので、疲労で眠ってしまい、海に落ちる者、方角を誤って、基地にたどり着けない者が多数いた。 無線機も故障が多く、多くは手信号に頼っていた。 設計は、あの有名な堀越二郎。 沈頭鋲、超超ジュラルミンの採用、また、昇降舵には、剛性低下操縦索を用いて弾力性を持たせ、いかなる速度でも、適切な応答性を維持したという。 照準器は、98式で、ハーフミラーに写るレィテクルを目標に合わせることで、それまでの望遠鏡式などに比べて、視界を妨げなかった。 940~1560馬力の栄型エンジンで、定速可変ピッチプロペラを装備した。 最高速度は、533-572km/h。 武装は、7.7mm, 20mmの機関砲が2挺づつと強力だったが、20mmは、携行弾数が、60発と、僅か2斉射で尽きてしまい、後期型では、125発となった。 初期型では、防弾は全く施されず、後期型で、ようやく装備された。 機体は、高運動性を誇り、背面飛行には、制限がなかった。これは、非常に重要なことで、当時の他国の機体に...

ニホンオオカミ

 ニホンオオカミは、かつて、日本に広く分布していたが、1905年に、最後の個体が確認されてから後、絶滅と認定された。 ニホンジカや、家畜を襲っていたという。 家畜伝染病により、絶滅したとされている。 現在でも、生存説があるが、確認されていない。 また、剥製などが残されていることから、クローンの可能性も、否定はできない。 もしかしたら、まだ生存していたら、或いは、クローンを作るこできたら、心が踊るだろう。

XB-70バルキリー

 米空軍が1955年から開発した戦略爆撃機。 「バルキリー」は、ギリシャ神話の女神で、戦死者の魂を、オーデインの神殿に運んだと、言われている。 初飛行は、1964年、デルタ翼、先尾翼、双垂直尾翼で、高速時には、主翼両端が折れ曲がり、縦の安定性を増加している。  胴体は、コンプレッションリフトという、主翼と胴体、及び、エアインテークの下面の楔により、衝撃波の上に機体が乗るような状態で、揚力を稼ぎ、飛躍的に航続距離を伸ばした。 コックピットの風防は、離着陸では、下方に下がり、視界の確保するが、高速時には、上方に上がり、機首の構造と一体になる。 機体は、ステンレスのハニカム構造で、エンジンは、GE(ジェネラル・エレクトリック)のYJ93、推力12.8tを、6機、並べたもので、全推力は、76.8tになる。巡航速度、マッハ3.1。 最大重量は250t、投下型の核爆弾を搭載した。 1966年、GEのエンジンの宣伝のため、GEのエンジンを搭載した機体の編隊飛行の撮影をした。 その時、なぜか、F-104戦闘機が、XB-70の垂直尾翼に接触して、XB-70の垂直尾翼は脱落、本機体は墜落した。 多大な労力で開発された本機だが、ICBMの実用化に目処がついたため、残った1号機は、NASAに移管され、SSTの研究に従事した。 現在、1号機は、ライトパターソン空軍基地の空軍博物館に展示されており、航空マニア...

難民・移民

 日本は単一民族のために、異なる民族や宗教に慣れていない。 これが、日本が難民・移民を殆んど受け入れられない理由だ。 しかし、世界では、紛争はますます増加し、又、国内では、少子高齢化により、労働力の不足が叫ばれている。 とすれば、どうにか日本人も、異なる民族などに早く順応して、十分な受け入れ体制を整えなければならない。 また、移民・難民との生活や教育の不平等を問題にする人もいるが、まずは、彼らに、パンと、住居を与えることが、先決だろう。

そうりゅう型潜水艦

 そうりゅう型潜水艦は、海上自衛隊の最新型の潜水艦である。 初期型は、スターリングエンジンと、電池を動力にしていたが、現在では、殆んどがリチュウム電池に換装されている。 初めてX型操舵を装備した。従来の十字型操舵よりも、機動性があり、一枚の舵が損傷しても、残りの操舵でコントロールできる。 最も特徴的なのは、各種のセンサー、武器システムが、ネットワーク化されており、迅速な状況把握、判断を可能にしている。 衛星通信を備えており、司令部との直接の通信が可能。 センサーは、艦首、側面、曳航ソナー・アレイを備え、強力な探知能力がある。 武器は、6門の魚雷発射管を備え、89式魚雷、対水上戦闘艦ハープーン・ミサイルを発射する。 防御システムは、デコイ、TCM(Torpido Counter Measure 、対魚雷手段)を備える。 2009年から就役が開始され、現在、海上自衛隊潜水艦隊21隻のうち、12隻が、同型艦であり、通常型潜水艦隊としては、間違いなく、世界最高の戦闘力を誇る。  

リニア新幹線

 リニア新幹線と言えば、1970年の大阪万博の日本館で見た模型が、印象に残っている。 私は当時、小4だった。 当時は、全くの夢物語で、すっかり忘れていたが、品川、名古屋間が、2027年に開通するという。 リニアの開発が始まったのは、1972年で、平均速度は、500km、これは、ターボプロップ旅客機に匹敵する。 しかも、飛行機より安全に、効率よく、大量輸送ができる。 品川、名古屋間は、286kmで、所要時間は、僅か40分である。 青梅線から、東京へ行くよりも短い時間で、呆れてしまう。 超電導で、車体を浮かせるというのは、幼い頃、マンガの表紙にあった、未來の世界の一齣に描かれていたが、それが半世紀を経て、現実になった。 東京、新大阪の全線開通は、2037年だが、今世紀中には、現在の新幹線と同様に、全国に普及するだろう。 いづれ、輸出もされ、大いに活躍するだろう。 現状では、数少ない、明るい話題である。 無事な開通を、祈念したい。