零戦

 零戦は、1939年に初飛行し、終戦までに3機種、10,430機が製造されたが、終戦時は、僅か1,000機だった。

 3,000kmという驚異的な航続距離があり、ラバウル基地から、ガタルカナルを奪還するための爆撃機を援護するために、片道1,000キロを飛行し、空中戦を行い、帰還した。
 しかし、自動操縦装置もなく、コンパスのみで飛んでいたので、疲労で眠ってしまい、海に落ちる者、方角を誤って、基地にたどり着けない者が多数いた。
 無線機も故障が多く、多くは手信号に頼っていた。

 設計は、あの有名な堀越二郎。
 沈頭鋲、超超ジュラルミンの採用、また、昇降舵には、剛性低下操縦索を用いて弾力性を持たせ、いかなる速度でも、適切な応答性を維持したという。

 照準器は、98式で、ハーフミラーに写るレィテクルを目標に合わせることで、それまでの望遠鏡式などに比べて、視界を妨げなかった。

 940~1560馬力の栄型エンジンで、定速可変ピッチプロペラを装備した。
 最高速度は、533-572km/h。

 武装は、7.7mm, 20mmの機関砲が2挺づつと強力だったが、20mmは、携行弾数が、60発と、僅か2斉射で尽きてしまい、後期型では、125発となった。

 初期型では、防弾は全く施されず、後期型で、ようやく装備された。

 機体は、高運動性を誇り、背面飛行には、制限がなかった。これは、非常に重要なことで、当時の他国の機体には、具備されておらず、燃料の偏りがないことを示し、自由自在な機動ができた。
 操縦も、極めて容易で、パイロットの養成は容易だった。

 1944年10月から、終戦まで、特攻機として使用された。

 当初は、無敵を誇ったが、次第に大出力エンジンと、大量生産を誇るアメリカの戦闘機に押されていった。

 現在、国内外に多くの機体が保存され幾つかは、飛行可能である。

 良くも悪くも、航空機史上の1ページを飾った機体である。

 
 

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